誰でもわかる先天性心疾患

先天性心疾患など小児循環器をなるべくわかりやすくお話します。主に看護師さん向けですが、小児循環器を専門としない医師向けの内容も多く含まれています。教科書ではわかりにく内容の理解の助けになればと思い書いています。

総肺静脈還流異常(TAPVC, TAPVR)について PVO:(PVS肺静脈狭窄)について 疾患35

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前回はTAPVCの経過と手術などを書きました。前回もちょいちょい出てきましたが、今回はPVOについて書きます。術後にPVOが認められるとかなり予後が悪くなってしまいます。なので、TAPVCではPVOについてしっかりわかっておいたほうがいいかな、と思います。

しかし、実際のところは治療法もわかっていないし、まだまだ模索中というのが正直なところなので、いろんな教科書などにはあまりハッキリと書いている事が少ないと思います。が、大事な事なのでわかっていることだけでも書いていこうかと思います。内容が看護師さん向けとは言えない内容になっていますが、ご了承ください。でも知っていれば「できる!」と思われる事間違いなしです!

 

PVOって何?PVOの原因は?

まずPVOとは何でしょうか?PVOはpulmonary vein obstractionの略です。最近はPVS:pulmonary vein stenosisということも増えてきました。PVOとは肺静脈が狭窄してくる病態の事ですobstractionと書いてあってもPVOは肺静脈の狭窄を指すことが多いです。なので実情にあわせて最近はPVSと言うことも増えてきました。

PVOは術前で病態などを話しましたが、術後も同じような事が起こります。手術した後も肺静脈が狭窄や閉塞を起こすと、肺静脈は左心房に還ってこれず、渋滞を引き起こしてしまいます。このため、肺動脈の血圧が上がってしまい肺高血圧になってしまいます。周術期を乗り越えて術後しばらくしてから肺高血圧を認めた場合にはPVOが原因の事が多いので、どこかに肺静脈の狭窄などがないかチェックする必要があります。PVOが認められるのは術後数ヶ月が多いので、術後半年くらいまでは常にPVOに注意し、肺高血圧がないかどうかは念頭にいれてチェックしていかないといけません。状態によっては(よっぽどひどいと)SpO2の低下も認められるかもしれません。また肺高血圧(PH)の状態で感冒やRSウィルスにかかると重篤な状態になる可能性があります。肺高血圧(PH)を見つけるのは看護師さんでは難しいでしょうが、一応こういう事を念頭にTAPVCの術後は診ていく必要があります。そしてかなり厄介な事にこのPVOは治療が非常に難しいです。この事については後で詳しく説明していきます。ということで、簡単にまとめると

・PVOとは「肺静脈が狭窄もしくは閉塞する」事です。

・術後にも認められます。

・病態は術前と同じで、肺高血圧になります。

・PVOは治療が困難。

ということになります。PVOのポイントはこんなところです。「肺静脈が狭窄し、PHになってかなり治療が難しい」と言ってしまえばこれだけです。でももう少し詳しく知っていたほうがいいかな、と思いますので、もう少しPVOについて話していきます。

 

PVOの原因について

PVOがあるのはなんででしょうか?よく言われる原因を考えてみましょう。

  • 手術の縫い目が狭窄の原因。
  • 肺静脈の内膜の増殖による狭窄が原因。

主にこの2つが原因だと思います。

1つ目は手術の縫い目が肺静脈狭窄の原因の場合です。前回の手術の絵を見てもらうとわかりますが、TAPVCの手術では多くは共通肺静脈腔と左心房を縫う手術です。しかし、生まれたての新生児はもともとサイズが小さい上に、もともと小さい共通肺静脈腔の場合などがあります。こういう場合に、多少縫い目が狭窄するのはしょうがないことだと思いますが、小さい共通肺静脈腔を左房に縫い付ける場合には縫い目の僅かな狭窄が命取りになる場合があります。PVOの1つ目の原因としては縫い目による僅かな狭窄が挙げられるのです。

2つ目は肺静脈の内膜の増殖による肺静脈狭窄です。内膜とかマジ意味不明だ、と言いたいあなたの気持ちはわかります。イメージとしては「肺静脈が勝手に狭窄してくる」という感じです。なぜ内膜が増殖するのかはよくわかっていませんが、なぜかもともとちゃんと開いていた肺静脈の内側の膜(血管の内膜)が勝手に太くなって血管の内腔が狭くなってしまうのです。これが原因の場合にはかなりやっかいです。なぜなら勝手に肺静脈が狭くなってしまうからです。今のところなぜ勝手に内膜が増殖して肺静脈が狭くなってしまうかは、原因はわかっていませんTAPVCの中には数%の確率で肺静脈が勝手に狭窄してくる人たちがいます。それがPVOです。この2つ目が原因でPVOになった場合、治しても治してもまた勝手に狭窄してくるため、いずれ完全に閉塞してしまったりして結局亡くなってしまいます。そのため、予後が悪いのです。かなり恐ろしい病態ですね。

 

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図:PVOの原因

 

PVOの頻度やPVOになりやすいタイプは?

TAPVCは大半が最初のTAPVC repairの手術が無事終われば、その後生涯再手術なく運動制限もなく普通の人と同じように暮らせます。しかし、術後にPVOになってしまった場合はかなり予後が悪くなりとても同じ疾患とは思えない経過をたどる事になります。では、いったいどれくらいの人がPVOになるのでしょうか?いろんな報告があり、はっきりとした数字を表すのは難しいです。おおよそ10%くらいで報告しているところが多いのではないかな、と思います。報告によってはもっと高い頻度の報告もあったりします。できればわかりやすい数字で覚えるのがいいでしょうから、「術後PVOは1割がなる」と覚えてもらったらいいかな、と思います。ちょっと少なく見積もっている感じもありますが、10%くらいは少なくともいるので、覚えるにはいいかなと思います。

ではどのようなタイプのTAPVCに術後のPVOが多いのでしょうか?これもなかなか難しい感じがします。どのタイプもPVOになる可能性がありますが、なりやすいタイプはDarling分類のⅢ型(infra cardiac type)とⅣ型のmixed typeです。Ⅲ型(よくⅢ型と言うより、インフラ(infra cardiac)と言っている事が多いです。)は共通肺静脈腔が縦に長く、小さい事が多いです。そのため、つないだ時に狭窄することが多いのかもしれません。Ⅳ型(mixed type)は1本の肺静脈がInnVやSVCに還り、他の3本は心臓に還る事(Ⅱ型)が多いです。つまりⅠ型+Ⅱ型の形態を取るものが多いです。この2つのタイプは術後のPVOが多いので注意しておく必要があると思います。

またタイプの他にはPVOのリスクファクターとして術前にPVOがあったTAPVCでは術後のPVOが多いというデータもあります。なので、術前にPVOになっていた場合は術後も十分に気をつける必要があります

まとめると、

 ・PVOはTAPVCの10%に起こる。

 ・PVOにはⅢ型(infra)とⅣ型(mixed type)が成りやすい。

 ・術前にPVOになった場合は術後にもPVOに成りやすい。

と言うことになります。その他にもあるでしょうが、一般的な所ではこの3点をPVOのリスクとして押さえておけばいいのではないかな、と思います。

 

PVOの治療について

PVOがおそろしい病態であることはなんとなく理解してもらえたでしょうか?原因は主に2つ、手術の縫い目の狭窄と肺静脈の内膜の増殖です。時期としてはTAPVCの修復術を施行した後に起こります。この原因の中でも特に2つ目は勝手にどんどんPVOが進んでしまい、治療をいくらしてもどんどん狭くなるため、手がつけられない、というのが実情です。「PVO=肺静脈が狭窄する」と肺で酸素化されて血液が還ってくる所で渋滞が起こってしまいます。これは術前も術後も同じです。すると肺鬱血になってしまい、その結果肺高血圧になっていきます。肺高血圧になると肺自体も傷んできますし、右室にかなり負担がかかってきてしまいます。肺高血圧のためショックになったり、感染を経機に亡くなることが多い印象です。ここではPVOの治療についてわかる範囲で話をしていきます。ひとつ断っておきたい事がありますが、PVOの治療は全然確立されていません。病院によっても治療方針は様々だと思います。なので、基本的にはうちの病院で施行している治療をベースに話していきます。1つのバリエーションだと思って読んでもらうのがいいと思います。

 

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図:PVOの治療

 

基本的にはTAPVCやTAPVCを合併している場合はまずTAPVCの治療をします。共通肺静脈腔を左房などにつなぎ、肺静脈の還流を正常に戻してあげます。今回話しているPVOが起こるのは基本的にTAPVCの術後になります。

まずPVOの時期ですが、TAPVCの術後数ヶ月以内に起こることがほとんどです。半年以内に何もなければ(肺高血圧や肺静脈の狭窄所見など)問題ない場合が多いです

術後に肺静脈狭窄になった場合には、まず外科的に肺静脈狭窄解除術(PVO解除術)を施行します。その名の通り狭い肺静脈を広げる手術です。つまり再手術です。ここは基本的にどこの病院もそうするのではないでしょうか?ラッキーな場合は肺静脈狭窄解除術でPVOは良くなり、その後肺静脈の狭窄は起こらずHappyに暮らせます。PVOになるTAPVCの中でも半分以下(つまりTAPVCの数%。)だと思いますが、そういう不幸中の幸いもあります。肺静脈狭窄解除術で良くなった人はそれでOKです。

しかし肺静脈狭窄解除術で良くなる患児は少数派です。困るのは、肺静脈狭窄解除術を施行しても良くならない人たちです。術後一時期は良くなったものの時間とともにまた肺静脈狭窄が進行(PVOになる)してくる人がいます。こういう人の予後はかなり悪いです。何もしても次から次へと肺静脈狭窄が進行してくるのです。こういう人をどう治療していくかはあまり決まっていません。病院によって治療方針が違いますが、それ以上は治療しない病院もあるかと思います。経過では「→死亡」と記載しましたが、それほど予後が悪い状態です。PVOに関してはどこの病院も試行錯誤やっている印象ですが、決定的な治療法はまだないのです。

ではうちの病院はどのように取り組んでいるか、という話をします。まず内科的な戦略を話していきます。うちの病院では外科的解除術(PVO解除術)でも狭窄が進行してきた場合、カテーテル治療を積極的におこなっていますカテーテル治療とはバルーンで狭窄を広げたり、ステントを入れたりする治療です。TAPVC術後でPVOになった場合まずPVO解除術を施行します。その時に心臓外科の先生にお願いし、心房中隔を開けておいてもらいカテーテルをした時に場所がわかるようにマーカーをつけておいてもらいます。肺静脈狭窄解除術でもPVOになった時には、カテーテル治療をします。心房中隔を通って肺静脈にアプローチする必要があるので、カテーテル治療を見越して心房中隔に孔を開けておいてもらうのです。そしてPVO解除術でもPVOになった場合には心房中隔の孔からアプローチしてバルーン治療を繰り返します。基本的にはバルーン治療を繰り返し、7mm以上の径のステントを留置できるまで頑張ります。肺静脈はいくらバルーンしても再狭窄してくるので、ステントなどをいれてそれ以上細くならないようにしない限り終わりはありません。では「なんでもいいのでステントを入れればいいか?」と言うとそういうわけではありません。ステントをいれてもある程度は内膜が増殖して狭くなります。7mm未満のステントを留置しても再び狭窄し、しまいには閉塞してしまう事が今までの報告からわかっているのです。なので、7mm以上のステントを入れること、これが一つの目標になります。

PVO解除術の後、カテーテル治療が必要な場合、ひどい人は月に1カテーテル治療をやっています。毎月入院してカテーテル治療をしているのです。それを繰り返してなんとかつないでいる状態です。数年は長生きできるとは思いますが、どんな治療をしても現状かなり予後が厳しいのは変わりません。今の所いい方法がないのが現状です。うちの病院は頑張っている方ではないかな、と思います。この病院に来るまでこんなやり方は知りませんでした。大体PVOはPVO解除術後に亡くなっていました。でも完全に良くすることは難しくどこの病院も試行錯誤している状態です。

肺静脈狭窄が進行しない薬でもあればこういう人たちの人生は大きく変わるかもしれません。でも今の所そういうものはありません。大人で使われている薬剤溶出性バルーン(バルーンにパクリタキセルなどが塗られており内膜の増殖を抑える)をPVOに使用したりしていますが、ある程度効果があるものの劇的な改善にはなりません。カテーテル治療の期間が1ヶ月⇢2,3ヶ月に延長できる程度です。一番近い未来、できそうで期待を持てるのが「生体に溶けるステント」です。そのうち溶けちゃうステントです。これは現在開発段階でまだ実用化には至っていませんほぼできており、成長する小児のPVOには効果があるのではないかと思います。

手術でもPVOにならないように工夫を行っています。縫い目がPVOの原因になっている場合に効果がある方法で、Suturelessという方法です。これは共通肺静脈腔(common chamber)と左房壁を直接縫うと縫い目が狭窄し、PVOになるのを防ぐため、心膜を使って心膜と左房壁を縫い共通肺静脈腔と左房を直接縫わない方法でくっつけるやり方です。共通肺静脈腔が小さいⅢ型(infra:インフラ)、mixed typeなどPVOのリスクがありそうなタイプを手術する時やPVO解除術の時にはこの方法を使って治しています。それでもPVOになる人はいますが、少し改善しています。

ごちゃごちゃと書きましたが、重要な事は、「TAPVCは普通、手術すれば一生問題なくなる事が多い疾患なのですが、PVOになるケースがあり、PVOになれば一転して予後はかなり悪くなってしまう。」という事です。いろいろ工夫してますが、PVOの根本的な解決策はまだ見つかっておらず大きな課題となっています。

PVOの治療について少し長くなりましたが、まとめます。

 ・PVOはTAPVC術後数ヶ月で起こる。

 ・まず肺静脈狭窄解除術を行う。PVOを見越して心房中隔を開けておく。

 ・それでもPVOがあればカテーテル治療を中心に治療をする。

 ・多いと1ヶ月に1回バルーン治療を施行。

 ・最終的には7mm以上のステントを置くことが目標。

 ・薬剤溶出性バルーンや生体に溶けるステントに期待!

 ・外科的な工夫としてはSutureless法で手術。

などです。PVOの治療は非常に困難を極めており、なかなかうまくいきませんが、上記のような方法で現在も試行錯誤をしています。TAPVCの1割にしか認めないPVO、しかし、PVOになると全く違った経過をたどることになるTAPVC。ぜひPVOの事を頭にいれて、TAPVCを見ることができたらいいのではないでしょうか。

 

今回の記事を出すまでに1ヶ月以上あいてしまい申し訳ありませんでした。夏休みをとったり、家族中風邪を引いたり学会があったりで全然手につきませんでした。中国で新型コロナウィルスが大流行したり、世界のスーパースター、バスケットボール選手のコービー・ブライアント選手がヘリの事故で急に亡くなったりといろいろな事が起こりました。コービー選手の死は本当に残念でした。バスケットボールをあまり知らない僕でさえもよく知っている選手でしたから、バスケをやっていた人やNBAのファンはさぞかし悲しい思いをしたのではないでしょうか。本当に悲しい事件でした。コービー選手のご冥福をお祈りいたします。

では次回はまた違い疾患について話していきたいと思います。ちょっとサクサクと記事を出せるとは思えませんが、ちょっと時間をかけながら話をしていきますね。