誰でもわかる先天性心疾患

先天性心疾患など小児循環器をなるべくわかりやすくお話します。主に看護師さん向けですが、小児循環器を専門としない医師向けの内容も多く含まれています。教科書ではわかりにく内容の理解の助けになればと思い書いています。

不整脈:ペースメーカーについて その1 ペースメーカーを勉強する前に;心拍数と心房キックとQRS幅について 〜基本33〜

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だいぶサボっていてすみません。約1ヶ月ぶりの記事となり、申し訳ないと思いつつもなかなか筆が進まずにいました。これまでSSS(洞不全症候群)と房室ブロック(AVB)についてやってきました。どちらも徐脈になる疾患なので、基本的には根本的な治療はペースメーカーの植え込み術しかありません。なので、ペースメーカーについて今回からやっていこうと思います。

おそらくペースメーカーを触っている人はあまりいなくて、苦手意識を持っている人が大半だと思います。僕はペースメーカーの外来もしているので、普段から触っているので苦手意識はありませんが、触っていなかったら、「ペースメーカーはできれば避けたい」と思うと思います。小児循環器ではおそらくみんなが避けたいものが3つほどあると思いますが、それはおそらく経食道エコー、ペースメーカー、カテーテルアブレーション、この3つではないでしょうか?どれも共通点があって、実際やってない人じゃないとわかりにくい、というのが共通点です。医師でさえ、やっていないと全くわからない分野、看護師さんでもなかなか精通するのが難しいところなのではないでしょうか?今回からはそんなみなさんが、大嫌いなペースメーカーの話をしたいと思います。ペースメーカーに関しては細かい事は言わず、なるべく簡単に必要最低限の事を話そうと思います。それでも普段から目的意識を持って患者さんに接している人でなければ、ペースメーカーはわからないかもしれません。なるべくわかりやすいように心がけますので、頑張ってついてきてくださいね。

ちなみにペースメーカー植え込み術を略してPMI=pacemaker implantationって言ったりします。病名のところでSSS after PMIとか書いていれば、SSSが原因でペースメーカー植え込み術をしたんだな、と思ってくれればOKです。病院によってちょっと表記の仕方が違うかもしれませんが、そこらへんは臨機応変にしてください。コレ以降、ペースメーカー植え込み術って長々と書くのが面倒なので、PMIって書いたりするかもしれませんが、ペースメーカー植え込み術の事なので、あしからず。

 

ペースメーカーの基本的な知識

ペースメーカーが必要な人は最近やっている、SSS(洞不全症候群)や房室ブロック(AVB)の人たちです。脈がでなくて、徐脈でしんどくなってしまう人の心拍数を補うためにペースメーカーがあります。ペースメーカーは基本的に機械の部分とリードで成り立っています。機械から電気刺激が出て、リードを伝わり心房や心室に電気刺激が伝わり、それを通じて心房や心室に動け、と命令を出すのです。なので、原理は簡単だと思います。

ペースメーカーの原理は簡単ですが、ペースメーカーの勉強をする前に頭に入れておかないといけないことがあります。それは、「リズムと心機能」に関して、です。これがわかっていると、ペースメーカーの設定をどうすればいいのか、がわかるようになってきます。リズムと心機能についてわかっていると、ペースメーカーの設定の意図がわかり、ペースメーカーが少し面白くなってきます。なので、今回はペースメーカーの勉強をする前に前提となる知識について少し話をしていこうと思います。リズムと心機能において重要な事は下記の3つになると思います。

・適切な心拍数

・適切な心房と心室の収縮のタイミング(A kickとAV delayについて)

・narrow QRSとwide QRSについて

この3つになります。

そんなに難しくないので、簡単にサラッとやっていきますね。

 

適切な心拍数について

心臓は体全体に血液を送る役目をしています。全身に血液を送る事によって必要な酸素を全身に届ける役割をしているのです。血液をたくさん送れば酸素をたくさん全身に届ける事ができまし、血液を少ししか送らなければ酸素が足りなく全身は酸欠状態になりエネルギー不足になってしまいます。なので、心臓は酸素が十分に行き渡るように必要な血液量を調節して全身に送り出しているのです。心臓が送り出している血液の量をどのように測るかと言うと、簡単です。

・心拍出量=1回拍出量×心拍数

この式で表されます。「心臓の1回拍出量×心拍数」が1分間の心臓の心拍出量となります。心臓の1回の血液の拍出量はほとんどいつも同じなので、基本的には心拍数で心拍出量をコントロールしている事になります。考えてみると簡単ですよね。運動しているとめっちゃ心臓の動きが良くなって、寝ていると心臓は少ししか動かない、なんて事はありませんよね。基本的に心臓の動きは運動しても寝ていても大体同じで、EFで言うと大体60%くらいです。なので、全身に送る血液量を増やしたい時は、心拍数を上げて全身に届ける血液量を稼いでいるのが実際のところです。なので、全身にたくさん酸素が必要な激しい運動をしている時には心拍数が上がって、運動に必要な酸素を供給できるように体が働くのです。逆に寝ている時にはエネルギーを大して必要としていないため、脈はゆっくりになり、最小限のエネルギーを体に届けているのです。このように全身に必要な血液量をコントロールしているのは、心拍数なのです。これがペースメーカーを考える上で重要な要素になってきます。めっちゃめっちゃつまらない話をしているのはわかっているのですが、こういう事を意識して循環器の患児を見るのと、漠然と見るのでは全然違うので出来たらこういう事も少し意識してやってもらえたら理解のレベルは上がるかな、と思います。

普段、体は全身に血液が必要であれば、心拍数を勝手に上げて対処しています。しかし、SSS(洞不全症候群)では、心拍をコントロールする洞結節が壊れてしまっているので、心拍数をコントロールできません。動くのに必要な十分な心拍数が出てくれないのです。なので、こういう時にはペースメーカーを入れて、必要な心拍数を確保してあげる必要があります。心拍数の設定はそんなに複雑ではないのですが、実は2つの事を考えて設定する必要があります。それは、「その子の心臓の1回拍出量」と「必要な心拍出量」の2つです。

 

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図:適切な心拍数について

① 1回拍出量について

1回拍出量は基本的には心機能や心臓の大きさに左右されます年齢が上がれば上がるほど心臓そのものの大きさは大きくなるので、1回拍出量は増えます。そのため、年齢が上がれば上がるほど必要な心拍数は減っていくのです。新生児の赤ちゃんと15歳のお兄ちゃんの心臓の大きさは想像するまでもなく全然大きさが違うので、1回の血液の拍出量が違います。なので、同じだけの血液量を確保しようと考えると新生児の赤ちゃんの心臓は心拍数を早くして回数でカバーする必要があります。みなさんも赤ちゃんの心拍数が成人よりはやいことはよく知っていると思いますが、こういう事が背景にあることを意識できればいいかな、と思います。また、心機能によっても1回拍出量は変わってきます。EFが20%で全然動いてない心臓とEF65%で元気な心臓では1回の拍出量が大きく違います。なので、同じ体格で同じくらいの心臓の大きさの子でもEFが悪い子は心拍数を早くして心拍出量を稼ぐ必要があるのです。手術直後で心機能が落ちている時にペースメーカーで脈を上げる事がよくありますよね?ペースメーカーで脈を上げてあげると、血圧が上がったりおしっこがでて循環が落ち着いたりLacが下がったりして状態が改善するのを見たことがあると思いますが、これはまさに1回拍出量が下がっている心臓に心拍数を上げることによって必要な心拍出量を確保しているのです。このように心機能によっても1回拍出量は大きく左右され、それを心拍数で補う事はよくよくある事なのです。その他にも例えばFontanの子とかだと、心臓は普通の正常の人と比べて小さいので、1回の拍出量が少ないです。なので、Fontanとかでは同じ年齢の子よりも少し心拍数を早く設定してあげる事が必要になってきます。という事で、いろいろ考えればあると思いますが、1回の心拍出量は心臓の大きさや心機能によって左右され、心拍数でそれを補う事が多々あります。このため1回拍出量は心拍数を決める上で重要な要素になってきます。

② 必要な心拍出量

また必要な心拍出量はその子の状態によっても大きく変わってきます。例えば先程と同じように寝ていればエネルギーをあまり必要としないので、心拍出量は少なくていいので、心拍数を減らして心拍出量を下げます。逆に運動をしている時はエネルギーが必要なので、心拍数を増やして心拍出量を上げて対処しますICUとかにいる子でも感染とかで熱が上がっていれば必要なエネルギーは増えますので、必要な心拍出量も増え、それを補うため、心拍数が上がったりします。こんな感じで、体の状態によって必要な心拍出量は逐一変わります。体の状態にあわせて心拍数は適切な心拍出量を調整するため常に変動しています。ペースメーカーの心拍数を設定する時にもこれらの事を考慮して現在の状態で必要な心拍数を設定する必要があります。

ちょっと難しい話をしましたが、簡単に言うと必要な心拍数は体の大きさや心機能、体の状態によって変わるので、その人、その状態に合わせて適切に設定してあげる必要があると言うことです。洞結節が問題なければこの難しい作業をいとも簡単にやってくれますが、洞不全症候群(SSS)になったりしてペースメーカーを入れた場合は適切な心拍数の設定を考えてしないといけないのです。個人的にはなるべく具体的な数字を示したいのですが、ちょっとむずかしいかな。。。

 

心房と心室の収縮のタイミング(AV delayなど)について

みなさん知っているとは思いますが、普通の正常の心臓では、心房と心室は「心房が収縮し、その後に心室が収縮する」ように出来ています。つまり心室は心房に遅れて収縮するのです。心臓が効率良く血液を駆出するためには、心房と心室の収縮のタイミングは少しズラす必要があります。心電図を見てもわかると思いますが、心房の収縮を表すP波と心室の収縮を表すQRS波は少し時間差があります。なぜ心房と心室の収縮のタイミングに時間差があるかと言うと、心房に溜まった血液を心室に送り出すときに、丁度心房の血液が心室に送りきったタイミングで心室が収縮すると、心室はたくさんの血液を効率良く肺や全身に送り出す事ができるからです。正常の心臓は効率良く血液を駆出するために、わざと心房と心室の収縮のタイミングをずらしているのです。正常の体は本当によく出来ており、ベストのタイミングで心房からちょっと遅れて心室が収縮するように刺激伝導系でコントロールされています。でも、この機能が壊れる事があります。そう、この前話した房室ブロック(AV B)です。1度AVBでは、P波とQRS波の伝導が悪くなり、P波とQRS波の間の時間PQ時間が延びます。そのため、心房と心室の収縮のタイミングが悪くなります。タイミングが悪くなると心房の収縮を十分に活かすことができなくなってしまいます。心房の収縮を心房キック(atrial kickとかAキックとか)と言いますが、心房キックがなければ、正常では心機能が25%低下すると言われています。そのため、心室が同じ収縮能だったとしても、AVB(房室ブロック)やAF(心房細動)では心房キックの助けがなく心機能は3/4に落ちてしまう、と言うことなのです。結構な割合ですよね。心機能に余裕がある場合はこれでいきなり心不全になったりしませんが、高齢者とかだと心房キックの影響が50%に及ぶ事があり(心筋が硬くなって拡張能の低下とかが原因かと)、AF(心房細動:心房が震えている状態なので、心房キックがなくなります。)になったりすると50%の心機能が失われてしまい、心房細動をキッカケに心不全になったりすることもあります。それくらい心房キックっていうのは心機能に影響するのです。

 

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図:A kickの影響とAV delay

Ⅰ度AVBの時にはどうすることもできないので、しょうがないとしても、もっと悪い完全房室ブロックとかだとペースメーカーを入れないといけないのですが、ペースメーカーが入っている場合には心房と心室の収縮のタイミングをいい具合に設定する事が出来たりしますこの心房と心室の収縮のタイミングのズレをペースメーカーで設定する時、この間隔をAV delayと言います。AVDとか略したりもします。AV delayのAは心房(atrio)という意味で、Vは心室(ventricular)という意味です。delayは「遅延」、とか「遅れ」っていう意味です。つまりAV delayとはペーシングのタイミングを心房(A:atrio)からどれだけ遅らせて心室(V:ventricular)に入れるか、と言うことを表しています。正常の心臓は効率良く血液を駆出するために、わざと心房と心室の収縮のタイミングをずらしているのです。心房キックを最大限いかすためにタイミングをずらしています。正常の体は本当によく出来ていますよね。でも房室ブロックでペースメーカーを入れないといけない場合は心房と心室が連動して動かないため、適切なタイミングで収縮するようにペースメーカーで設定をしてあげないといけません。これがAV delayなのです。AV delayに関してはまた話しますが、みなさんにとりあえず知っておいてほしい事は、心房キック(A kick)が心機能に大きく影響している事、心房と心室の収縮のタイミングのズレが非常に重要である、と言うことです。ペースメーカーを考える上でとても大事な考え方なので頭に入れておくようにしましょう。

 

narrow QRSwide QRSについて

最後にnarrow QRSとwide QRSについて話をします。前にこれについては結構真面目に書いているので(2020/6/11, 18の記事)、そこを見ていただけたらありがたいですが、簡単に説明しますね。

ペースメーカーを心室に入れると基本的にはwide QRSになります。もし刺激伝導系のところにペースメーカーのLeadを入れることができればnarrow QRSになりますが、基本的には小児は心外膜(心臓の外側の表面)Leadを入れるので、ペースメーカーの刺激は刺激伝導系の上には乗らず、普通の心室の心筋を通じて心室に電気を伝える形になります。そうなると伝導の速度は遅くなりますので、心室はゆっくり収縮することになります。通常は刺激伝導系(図の赤いところです。房室結節⇢His束⇢右脚左脚と電気を通す高速道路みたいなところ)を通して心室に電気が伝導するので、心室は一瞬で電気が行き渡り一瞬で収縮することができます。イメージしてもらってもわかると思いますが、一瞬で収縮するのとダラダラゆっくり収縮するのとでは、一瞬で収縮するほうが良さそうですよね。心臓も一瞬で収縮する方が心機能は良く、刺激伝導系を伝わって収縮する方が心機能がいいのです。通常は一瞬で収縮するのでQRS波はnarrow QRS波(幅の狭いQRS波)になります。一方、ペースメーカーの刺激は普通の心筋の上にしかつけられないので、刺激伝導系の上には乗らず心室はゆっくり収縮します。ゆっくり収縮するのでペースメーカーで心室をペーシングした場合はQRS波はwide QRS波(幅の広いQRS波)になります。まとめると

・普通:刺激伝導系を通して心室に伝導⇢narrow QRS=収縮能良い

・ペーシング:普通の心筋を通して心室に伝導⇢wide QRS=収縮能悪い

という感じになります。wide QRSで収縮能は悪いっていうのは言い過ぎかもしれませんが、通常と比べて落ちる事を意識しておきましょう。なので、房室ブロックの時は仕方がないので、ペースメーカーを入れて心室もペーシングしないといけないのですが、もし自己の脈(自分の心室)が出るようならペーシングよりも優先してあげた方が良いです。なぜなら、自己の脈はnarrow QRSであり、収縮能は良いですが、ペーシングはwide QRSであり、収縮能は自己と比べて落ちるからです。なので、ペースメーカーを考える際には、「なるべく自己の脈をいかす」事を前提にいろいろ設定を考えてあげるといいかな、と思います。

 

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図:PM:wide QRSとnarrow QRS

 

まとめ

3つの事について、わかっていただけたでしょうか?思ったより長くなってしまい申し訳ありません。まず適切な心拍数について、次に心房キックとAV delayについて、最後にnarrow QRSとwide QRSについてでした。心拍数は患児の状態や体格、心機能などを考慮していきましょう、という話でした。心房と心室の収縮のタイミングについては心房のキック(A kick)がないと心機能の25%が失われる事、最適なタイミングでAV delayを設定してやることの重要性についての話でした。wide QRSとnarrow QRSは収縮能に関しての話で、ペーシングは基本wide QRSで自己の脈に比べて心機能は落ちるという話でした。ペースメーカーを扱う時にはこの3つの事を頭に入れて、患児毎に最適な設定を考えてペースメーカーを設定しています。その次にLeadや電池の事などを考えて、なるべく電池が長持ちするよう、かつ安全な設定を心がけてやっています。ペースメーカーを考える上でとても重要な事なので、以上の3点はペースメーカーを勉強する前に頭にいれるようにしれください。また、このことは心臓をより良く理解するにもとても重要な事柄だと思います。

ちなみに大人の心臓をやっている人の中では、これらの事柄は多分当たり前の事だと思います。AF(心房細動)で心不全になる人もしょっちゅう見ているだろうから、A kickの重要性もより身にしみていると思いますし、大人でペースメーカーを入れている人では最適なAV delayを設定する事は普通にしている事です。また大人の心不全に対してペースメーカーを使って心機能を改善する方法=CRT(心臓再同期療法:Cardiac Resynchronization Therapy:CRT)というのも良くされており、wide QRSの人に適応される心不全治療です。小児でもやられていますが、まだまだ大人と比べるとメジャーな治療法ではないので見る機会は少ないかもしれません。大人の循環器でされている治療などは小児でもとても参考になる事が多いので、小児しか見たことない看護師さんも多いかと思いますが、一回は大人も見ておくと幅も広がりできることも格段に増えると思います。例えば1年だけでも研修に行くとか。あまり看護師さんの事情はわからないので、あれですけど、最初の研修でいた某有名病院では僕の患者さんはよく大人の病棟でお世話になっていました。結構驚いたのは急変の時の看護師さんの対応の速さとかですね、点滴とかも超うまいし、準備もとても早かったです。いろいろ教えてもらいましたし、大変勉強になりました。大人の循環器も見れるような研修のシステムとかがあれば小児循環器の看護師さんもよりレベルが上がるのではないでしょうか?ちょっと脱線しましたが、今回話した事は大人ではおそらくかなり当たり前にわかっている事なのですが、小児でもとても重要な事なので、頭に入れておいてください。では、次からはペースメーカーの具体的な話にはいっていきたいと思います。