誰でもわかる先天性心疾患

先天性心疾患など小児循環器をなるべくわかりやすくお話します。主に看護師さん向けですが、小児循環器を専門としない医師向けの内容も多く含まれています。教科書ではわかりにく内容の理解の助けになればと思い書いています。

心室中隔欠損+大動脈縮窄+大動脈弁(もしくは弁下)狭窄の複合疾患について Ross手術について   疾患32

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前回はCoA complexの治療のボーダーラインについて話しました。今までの話をまとめてみると…

CoA:大動脈縮窄は単独で認める場合もあるけど、2/3と半数以上はVSDなどの複合疾患として認められます。中でもVSD+AS(or SAS)+CoAという組み合わせが多く、AS( ro SAS)の程度によって治療方針が大きく変わってしまいます。ASがないと「VSD閉鎖+Arch repair」で治します。そして以後手術が必要になることはありません。

しかし、AS(or SAS)があると「Yasui手術」をしないといけません。Yasui手術はRastelli手術が含まれるので、導管を右室⇢肺動脈のところに使います。体の成長とともに導管も入れ替えないといけないため、再手術が必須となります。

再手術は避けたいのですが、ASがあるにもかかわらず無理して「VSD閉鎖+Arch repair」で治してしまうと循環が成り立たず破綻してしまいます。ではどれくらいだったら「VSD閉鎖+Arch repair」が成り立つのかと言うと、大動脈弁が3尖弁で体重+1mm以上が成り立つボーダーラインです。判断に迷う場合はbil.PAB+LipoPGE1を投与し結論を引き延ばしましょう。

でも「大動脈弁が3尖弁で3.8mmなんだけど、なんとかなりませんか?」っていう微妙に足りないけど「VSD閉鎖+Arch repair」をあきらめきれないケースが結構あります。こういう人はちょっとASは残るかもしれないけど、「VSD閉鎖+Arch repair」を施行し、ASが残ってしまい将来困ったらRoss手術をする手もあります!

っていう壮大な話を今までしてきました。いつも書いているので今回も典型的なCoA complexの経過を書いてみました。参考までに。

 

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図:CoA complexの経過

 

CoA complexの経過を見ると、VSD+CoAの場合は新生児期に手術をすぐしてそれ以後は安泰です。しかし、ASやSASが絡んでくると複雑になっているのがわかります。個人的には上記の表のように、ちょっとでも迷ったら一旦bil.PAB+LipoPGE1で引き延ばし、約生後1-2ヶ月で「VSD closure+Arch repair」か「Yasui手術」を選択することになります。ASやSASがあれば、Yasui手術、なければVSD closure+Arch repairをします。VSD closure+Arch repairをすればその後手術をする必要はなく安泰です。ただし、Yasuiをした場合は以後導管を変える手術を生涯する必要がでます。なのでここが大きな分かれ道となるのです。ちょっと無理してVSD closure+Arch repairに行った場合、術直後はなんとか乗り切ったけど将来的には厳しい場合があります。こういう時の一手としてRoss手術という手段が残りますそうでなければ、大動脈弁の人工弁置換術を施行し、成人になるまでに少なくとも1、2回くらい大動脈弁のサイズアップのため再手術が必要になります。また、機械弁を入れるので、生涯ワーファリンを内服するという大きなデメリットを伴います。ワーファリンは出血しやすいので、激しいスポーツとかはやりにくいですし、奇形の赤ちゃんが生まれる可能性もあり、妊娠ができません。Ross手術は右室流出路に導管を使う(Rastelli手術をする)ため、Yasui手術と同じように生涯導管を入れ替える手術がつきまといます。また大動脈弁に使用するのはもともとの肺動脈弁のため耐久性には疑問が残ります。でもワーファリンの内服は必要なく、スポーツや妊娠もできるので大きなメリットがあります。このためRoss手術というのは侵襲は高いけれど、重要な選択肢になってくるのです。

このように生涯にわたる重要な判断を生まれてすぐにするわけなので、大いに迷う必要があり、bil.PAB+LipoPGE1で引き延ばすことはとても意義深いのです。迷ったけれど、結局AS大丈夫っていう結論になっても全然OKだと考えています。

上記のように字で書くと複雑ですが、図にすると大したことはなく、結局「ASとSASを判断し、VSD closure+Arch repairができるかどうか判断する」っていう話なだけです。ポイントはそれほど多くないのです。ASSASの有無で治療方針が変わり、その線引が難しいだけなのです。考え方がわかれば、CoA complexに対する抵抗はだいぶ減るのではないかな、と思います。今回は「VSD閉鎖+Arch repairに行ったけど、AS残って将来困った」時の一手としてのRoss手術を話していこうと思います。

 

Ross手術について

また意味不明な手術の名前が出てきたと蕁麻疹が出現した方、申し訳ありませんが、これも知っておくことによって選択肢の幅がぐっと広がるので是非頭に入れておくことをおすすめします。

Ross手術というのは小児の大動脈弁狭窄などの治療に行われる手術です。ちょっとTGAの時の大血管スイッチ術のJatene手術に似ています。Ross手術は何をするかと言うと、「大動脈弁と肺動脈弁をスイッチしてあげる」手術になります。

 

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図:Ross手術

Jatene手術は大動脈と肺動脈を取り替える手術でしたが、Ross手術は大動脈弁と肺動脈弁を取り替える手術です。取り替えるのは「弁」だけです。これにも条件があって、肺動脈弁にしっかりとした径があり、逆流がない正常の弁と言うことが条件になってきます。

手順としては上の図を見てください。

・ポンプを回して心臓を止める

・肺動脈弁を取り外す。

・大動脈から冠動脈を取り外す。

・大動脈弁を外す。

・採取した肺動脈弁をもともと大動脈弁が入っていたところに縫い付ける。

・肺動脈弁のあったところは導管付き弁で置き換える。(Rastelliみたいにする)

・冠動脈と大動脈を新しい大動脈弁につけ直す。

とこんな具合です。だめな大動脈弁を肺動脈弁と入れ替える事で大動脈のところにいい弁(もともとの肺動脈弁)がつきます。肺動脈弁はちょっとくらい逆流や狭窄があってもいけるところなので、肺動脈のところはRastelli手術のよういに人工物で置き換えることになります。これがRoss手術です。一旦弁を完全に外してしまうので、Jatene手術みたいに冠動脈も一旦外し、大動脈弁を肺動脈弁に置き換えた後にもう一度大動脈に縫い付けないといけません。Jatene手術と同じように冠動脈の狭窄に注意を払わないといけません。そしてまあまあ侵襲の大きな手術なので、新生児でするのはなかなか難しくそれなりに大きくなってからするのが安全だと思います。(これは施設の心臓血管外科と相談してください。15kg前後あればいけます。)

Ross手術の良いところは、自分の組織(肺動脈)で手術するため、体格にあわせて成長が見込めること、機械弁のようにワーファリンを内服する必要はなく、スポーツや妊娠も可能です。ASを自己の組織で解決する良い手段になります。

Ross手術の良くないところはまず手術侵襲が高く、結構難しいところです。なのでどこでもできる手術ではありません。冠動脈を付け替えますし、出血のリスクもあり難易度は高いです。またTGAと同じく肺動脈弁を大動脈弁として使うため将来の弁の逆流などには留意が必要です。もともと肺動脈弁は右室の圧(せいぜい20-30mmHgの圧)に耐えられる程度にできており、高い左心室の血圧(100mmHg以上の体血圧)に耐えられるように出来ておらず、耐久性には不安もあります。将来的に逆流や狭窄などで困る可能性が十分に考えられます。また最大のデメリットはもともと大動脈弁だけの病気だったのが(1弁疾患)、大動脈弁と肺動脈弁の2つの弁に疾患をかかえる状態(2弁疾患)になると言うことです。これを理由にRoss手術をしない方針の施設もあります。まあ、たしかに下手をするともともとなかった病気まで手術で作ることになるので、この考え方も理解できます。

このRoss手術は長期的には人工弁(機械弁)よりもいいという報告も出していますし、機械弁にすることを避けられるのでワーファリンなどを飲まなくてよく妊娠を見据える場合には有効な選択肢です。(機械弁だと血液が固まって弁が動かなくなってしまうため、血液をサラサラにしないといけません。サラサラにするためワーファリンを一生しないといけませんが、ワーファリンは胎児の奇形を起こす薬であり妊婦さんには禁忌です。)しかし、手術がうまくいかない場合もまあまああります。個人的には大手を振っておすすめします、っていう手術ではありませんが、大事な手段のひとつです。

 

CoA complexで「ASちょっとあるけど、VSD閉鎖+Arch repairで治した。けれど、やっぱりASがまあまああってしんどい」こんな場合、1-3歳、10数kgの体重になってからRoss手術をするのもありな選択肢です。これが視野に入っていれば少しばかりASが残っていても勇気をもってVSD閉鎖+Arch repairに踏み切れると思います。もちろんしっかり検討は必要ですが、ASがちょっとの場合の選択肢としては非常に良いと思います。ちょっと無理でも将来的にRossができる、と保険を残しておけるので可能性を広げる一手になります。

 

まとめ

という事で今回はRoss手術について説明しました。Ross手術は駄目な肺動脈弁を大動脈弁として使用する手術です。肺動脈はRastelli手術になり導管になってしまいます。Ross手術は肺動脈弁がいい状態であることが条件で、ASでの治療で使用され、特にワーファリンの内服を避けたい妊娠希望のある場合や成長段階で人工弁を避けたい小児で行われます。ただし侵襲も大きく、2弁疾患になるためデメリットも考えて踏み切らないいけません。メリット・デメリットがある手術ですが、CoA complexの治療の幅を広げる手段であり、この保険があるため、多少のASやSASならVSD closure+Arch repairに踏み切れるのです。

 

ということでRoss手術まで説明しましたが、CoA complexについては大体こんなものかなと思います。ポイントはASとSASですね。こればかりを話しましたね。またDKS吻合はここ以外でもたくさん登場するので、是非覚えておいてください。大動脈弁径が「体重+1mm」は批判があるかもしれないところを勇気を出して書いたボーダーラインなので、具体的な数字でとても参考になるのでよかったら頭にいれておいてください。では次回からまた違う疾患にいきたいと思います。